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経歴まとめ(大学時代)

どうもクロです。

実はクロがクロと呼ばれ始めたのは大学時代からだったりします。

 

これまではミサキ、みーちゃん、ミッコロ、ミサキングなんて呼ばれてました。

 

という暴露をしつつ、恒例の、

 

小学校、中学校、高校の記事から読みにきてくれた方、手ぇあげてぇー!

…ふむ、皆無ですね。

 

 

というわけで、ここまで大分クロの黒い部分を語っていきましたが、

クロがクロになったのは、実は大学のある部活のしきたりが理由だったりします。

 

 


 

そのしきたりは、速攻で辞めたラクロス部にありました。

 

こういうスポーツです。みたことくらいあるでしょ?

 

夢も希望も持たずに大学に入った私は、とりあえず体を動かしたいと思い、ラクロス部に入ります。

まったく縁もゆかりもなく、プリキュアのブラックがやってた気がする…くらいしか、記憶のないラクロスを始めたのには2つ理由がありました。

 

①サッカーにルールが似ている

②マイナースポーツだから大学から初めてプロになる人もいる

 

そう。

ただこれなら自分もプロなったり、少なくとも関東大会とか出れるんじゃないか?

 

という、高校時代での女子サッカー部の時の悔しさ丸出しな選択です。

 

しかしそんな甘い考えの私を待っていたのは、肉体以上に精神的にキツイ現場でした。

 

正直、練習自体は女子サッカー部時代の方が何倍もキツかった。

でもそれ以上に厳しかったのは、先輩との上下関係と始発で向かわなきゃいけない週4の練習。

 

朝が言うまでもなく苦手で、

誰かの言うことをただ目上だからってだけで聞かなきゃならないのは苦痛で以外の何者でもない。

 

それを理由に先生と争ったのは、

小学校でも、中学校でも、高校でもありました。

 

先生がいつだって正しいとは思えなかったんです。

先生が私よりも全てで秀でているとは思えなかったんです。

 

 

そして、問題の事件は部活に入って初めての集会で起こりました。

 

 

ラクロス部ではよくあるみたいなんですが、

1年生のあだ名を先輩が決める。というのが毎年のしきたりなんだそうです。

 

かっこいいあだ名がつくならよかったんですが、端から聞いてると、

「カルピス飲んでるからカルピね」とか

「好きな果物は?」「オレンジです」「じゃあオレンジだ!」とか…

 

控えめに言ってひどいと思いました。

 

だから変なあだ名をつけられる前に、

「クロって呼んでください!」

と宣言しました。

 

これがクロがクロになった日です。

 

 

と言っても、上で書いた環境に適応しなくて1ヶ月も経たないうちに辞めたんですがね。

 

 


 

授業以外はバイトにまみれた大学生活でした。

 

朝起きて、学校に行って、授業を受けて、バイトして、帰宅。

そんな毎日を1年間ずっと続けました。

 

例によって大学では友達が全くできなかったので、

授業はほとんど1人で受けて、誰に相談するでもなく、他にサークルに参加するでもなく。

 

孤独な1年を過ごしました。

 

正直、大学のシステムがよくわからなくて、授業以外の部分で苦労した1年生でした。

 

 

遅れましたが、大学では経営学を学んでいました。

 

なぜかと言うと、

当時働いていたバイト先ですごく暇(来ない時は一人もお客さんが来ない)なのにも関わらず、なぜか20年以上も続いている。その謎を経営学を学んで解き明かしたかったからです。

 

ちなみにその店は在学中に潰れました。

赤字だったんですね。当然のごとく。

 

そんなこんなで学ぶ理由があったりなかったりで、経営学自体は好きじゃありません。

大学の成績は数えたことないけど、下から数えた方が絶対に早いと思います。

 

大学では勉学はほとんど身を入れてないからこれ以上語ることを控えます。

 


 

ついに声優になるための1歩を踏み出した、大学2年の4月。

 

あと3年で社会人か。と冷静に見つめて、

その先ずっと会社という牢屋に閉じ込められるなら、1回ぐらい挑戦してみてもいいかも。

 

という、思いつきに近いものをきっかけに、

ネットで見つけたとあるドラマCDの声優オーディションを受験します。

 

詳しい説明は割愛しますが、色々あってこれを機に声優として演技の勉強を始めます。

 

 

アニメとは全く関係がない、古典と呼ばれるジャンルの読み合わせや立ち稽古をして、

徐々に私は、演劇というものに魅せられていきます。

 

 

シェイクスピアやチェーホフ、イプセン、サルトル、ニールなどなど。

たくさんの作品を読み合わせて、登場人物として生きることに少しずつ慣れていきました。

 

 

こうやって演劇を通して、

 

人から見られること。

人と話すこと。

何かを表現すること。

 

そういった人間らしいことを、私は初めて体験していきました。

 

 

今の私は、この時演劇に出会ったからある。と断言できます。

 

 

あの頃、一歩を踏み出さずにオーディションに行かなかったら。

きっと今頃、どこかの普通の企業で空気のごとく働いていると思います。

 

 

演劇はすごく不思議で、つかみどころがないものです。

 

人はなぜ演技するのか、演技とはなんなのか。

生涯を巡る壮大なテーマがたくさんあります。

 

そして役の数だけ、夢があって、愛があって、葛藤があって、たくさん感情が動きます。

 

 

 

これまで、数々の挫折と失望を味わった私は、

心が凍ったロボットのようだった。と思います。

 

実際、妹には「前はすごく怖かった。」と言われたこともあります。

 

 

でも演劇を通して、演じる役を通して、

私はいわば、心のリハビリ、のようなことができたんでしょう。

 

 

徐々に心が目覚めて、感情が動き出した私は、

 

演劇に夢中になり、

大学のミュージカルサークルに入り、

音楽ライブや、舞台に立ったりしました。

 

初舞台 ミュージカル「オズの魔法使い」でオズ役を演じている私。

 

 

そうやって演劇を通じて、人とコミュニケーションを取ることが普通にできるようになり、

世界は私にとって大分いきやすい場所へと変わりました。

 

 

いまだに演技に対する苦手意識、というものが拭えていませんが、

(どうしても自分とのギャップに恥ずかしさを隠しきれない)

 

演劇が私に与えた影響に感謝し、この影響を同じような悩みを抱えている人にも届けたい。

そんな想いから、演劇の敷居を下げてもっと気軽にできる環境を作りたい。という想いを持つことになりました。

 

この時にはそこまで考えることは全くありませんでしたが。

 

 

でもおかしいのは、

高校以前にの友人には、表に立つ人間だとは全く思わなかった。と驚かれ、

大学以降にあった人には、演劇は一生続けるんでしょ?と大前提に捉えられている。

 

という凄まじいギャップです。

でも私自身が一番そう思ってたりします。

今では役者を理由にどの現場にも溶け込める。って公言してるくらいです。

 


 

最後に就職活動の話だけさせてください。

 

そんなこんなで演劇を続けたい。

というか声優になる夢が捨てきれなかった私は、就職にあまり乗り気ではありませんでした。

 

 

とはいえ、食い扶持が得られる保証は全くないのはわかっていたので、

せっかくなら少数精鋭で、最新技術を学べるITベンチャーで働こうと、多くの就活生と同じように何十件という面接を受けました。

 

しかしそのどれもにことごとく落ち、

これまた多くの就活生と同じように、自己否定された気分になり、

夏休みには現実から逃げるように遊んでいたら、エージェントからは「もう就活終わってるのかと思いました。」と言われる始末。

 

 

もうこの際だから起業しちゃうか。

と、意味のわからないことを考えてた矢先、親からは

 

いいから1回は就職してくれ。

と懇願され、

 

なんとか少し興味のあった、テレビ番組のADという仕事につくことができます。

 

ここにも色々紆余曲折はあったのだけど、ここではカッツアイします。

 

なにはともあれ、無事に4年間の修行期間を終え、

晴れて学校という閉鎖空間から解放される最後の卒業式を迎えます。

 

青山学院大学、という場所には最後まで気の置ける関係が築けなかったけど、

図書館や練習室、ジムなど多くの場所にお世話になりました。

 

なによりミュージカルサークルのメンバーと出会えたのは、青学だったから。

この記事には全く出てないけど、私の遅れた青春が確かに詰まってる2年間がありました。

 

そして、社会に飛び出て自由になったクロの人生は、

やっと闇から解放されていきます。

 

社会人編はこちらから。


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